
東京・渋谷区内で見かけたなんともおしゃれな白い “クラシックカー”。
その横には、真っ赤なTシャツに白のパンツ姿で、帽子をかぶった浅田美代子(64)の姿がありました。
クラシックカーに乗り込み、慣れた手つきで運転する様子は、愛車との長年のつき合いを思わせます。
日本では珍しいクルマ
浅田の愛車は、かつて英国などで製造された「バンデン・プラ・プリンセス」。

通称「バンプラ」と呼ばれる、日本では珍しいブランドです。
じつはこのクルマ…2018年に死去した樹木希林さんから、21年前に浅田が譲り受けていたものだったのです。
「えっ、私と車が撮られていたの? ちょうどパンを買いに行ったときかな。気がつかなかったなあ(笑)」
樹木希林さん愛用のクルマを譲り受けた
“目撃撮” を伝えると、浅田美代子本人が、こう話してくれました。
「1999年当時、私の母が入院していて、病院に通う必要がありました。だけど私の家には、大きな車しかなかったんです。
以前から希林さんが乗っていたバンプラを見ていたので、『とてもかわいいし、小さくていいな』と思っていて。希林さんに『欲しい』と言ってみたら、『じゃあ、美代ちゃんに譲るよ』って、本当にくださったんです。
じつは、あの車は外側の車体だけバンプラで、エンジンや車内は日産のマーチなんです。私がいただく前から、そのようにカスタマイズされていました。希林さんは、とても車好きでしたからね」
浅田美代子と樹木希林。この二人で面白くないわけがない。あの女詐欺師の事件から着想を得て浅田美代子に演じさせるという、目利きというかなんと申しましょう。映画賞のトロフィーをアールデコ風なランプに仕上げちゃうセンスの持ち主ですからねぇ、さすが希林印の落款です。https://t.co/0MtCRKRZNJ
— 洞口依子 (@noranecotv) June 10, 2019
ナンバーもそのまま受け継いだ
「もともと、偶然にも私に関連する数字だったんです。だから、『希林さんは最初から私に譲ってくださるつもりで、このバンプラに乗っていたのでは』なんて思っていましたね(笑)」
以来21年間、浅田はこのバンプラに乗り続けている。この間の走行距離は、8万kmに達したそうです。
「18歳で免許を取ってから、私も車が好きで、いろいろな車に乗ってきました。だけど、これほど長く乗っている車はないんです。ただ、バンパーひとつ壊れても、部品がないので、なかなか修理ができない。私の周囲は『もう手放したほうがいい』と言っています。
でも、ふだん運転するのに、なんの支障もありません。エアコンだって普通に動きます。この車に、一生乗り続けるつもりですよ。希林さんが亡くなってから、よけいそういう思いになりました」
浅田のデビュー作となった、1973年放送のドラマ『時間ですよ』(TBS系)で共演。
以来、45年の長きにわたって親交を深めた2人。
樹木さんが亡くなる最後の1カ月は、浅田が家族同様に付き添って、看病していたほどです。
「希林さんの魂が、この車には今も生きていますからね。私が乗りつぶすまで、勝手に廃車にはできませんよ」
2人の物語はまだ走り続けているのです。
女の本性描く「エリカ38」、浅田美代子が樹木希林の墓前で公開報告(写真11枚)https://t.co/nrlW7MR4HB
— 映画ナタリー (@eiga_natalie) June 8, 2019
#エリカ38 pic.twitter.com/GV6WTm1ZaX
ネットの声
「お二人の仲が良かった事、信頼関係がよくわかります。微笑ましいお話です。きっと天国から希林さんも喜んでくれてるでしょう。」
「昔、首都高で2CV6を運転する希林さんを見たことがあります。メンテナンスも出来る限りご自分でなさっていると聞きました。本当にモノを大切になさる人なんですね。」
「樹木希林さんは、寺内貫太郎一家の頃から浅田さんを娘の様に妹の様に世話していて、マンションも別荘も資産運用も全て世話して、銀行とのローンの交渉まで同席していたらしいからほぼ家族だから生前だけど形見分けみたいなものだよね。こういう人に出逢えるのもまた運だよね。」








