商業捕鯨再開も問題は山積み?

日本は2019年6月30日、クジラの資源管理を担う国際捕鯨委員会(IWC)から脱退。

商業捕鯨再開を目指して反捕鯨国と議論を重ねてきたが、こう着状態が続き、将来の展望を描けないと判断したため脱退に伴い、日本の領海と排他的経済水域(EEZ)内で、31年ぶりにIWCが認めていない商業捕鯨の再開が始まっています。

クジラと日本の食卓の歴史

1930年代、日本が南極に捕鯨船を初めて派遣され、戦後の食糧難だった1940年代末から60年代半ばごろの、日本の主要なタンパク源としてクジラの肉が重宝されました。学校給食などでもお馴染みの食品で最盛期の60年代前半に、日本では年間20万トンのクジラを捕っていました。

その時期は、日本の畜産農家の食肉生産量が低く、円は安く関税も高かったため、牛肉、豚肉は高級品で庶民にはなかなか手が出ないものでした。

その後、1948年にIWCが主要捕鯨国である15カ国で発足(現在の加盟国は89カ国)。日本は1951年に加盟。

IWCでは、国別に捕獲枠や減少鯨種の捕獲禁止措置(国別割当制)を実施し、資源管理を強化するなどの管理策を実施した結果、アメリカやイギリス、オーストラリアなど肉文化の3国は捕鯨産業から撤退したことをいいことに、動物愛護や環境保護の観点から反捕鯨運動が活発化しました。

捕鯨問題が、国際問題化していく一方で日本は経済成長を遂げてアメリカなどの市場開放によって、アメリカを中心とする食肉輸入が増えて、大衆食として牛肉、豚肉、鶏肉の消費が増加していきました。

こうして、日本人がクジラを食べないように仕向けて牛肉を輸出していったアメリカとしては経済的に恩恵があることもあり、クジラの捕鯨団体はとにかくクジラを食べさせない団体へと変化していきます。

本来、食文化に対して否定することは民族差別にあたることですが、捕鯨に関しては平然と差別と過激な捕鯨運動が結びつき、そこに利権が生まれるという構造が出来上がりました。

クジラ漁をする日本人をいくら差別的に批判しても国際的に称賛される時代が続いたことで、捕鯨団体は、反捕鯨利権、反捕鯨宗教の団体のようになってしまいます。

わざわざ、めんどくさい捕鯨団体に反抗するのは得が無いですし、クジラを食べる理由が無くなった日本人はピークだった1965年から2000年までで5分の1にクジラの消費量が減少

調査捕鯨のもの以外は食用としての捕鯨がされなくなっていましたが、今度はクジラの量が増えすぎていることが問題となっていきます。

海における食物連鎖の頂点にいるクジラの量が増えると他の魚の量が減少してしまうという問題があり、北欧や日本など海洋国家がクジラが増えすぎていることを問題視しても、海がない国にとっては他人事。

こうして国際捕鯨委員会(IWC)は、ただクジラがかわいそうと叫ぶだけのクレーマーとなり、捕鯨問題を真剣に感がようとする北欧諸国と日本などは脱退して、商業捕鯨を再開させています。

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商業捕鯨が再開されても日本人はクジラを食べない?

商業捕鯨が再開されるとこれまでの調査捕鯨と違って、調査の名目で受けることができる補助金の金額が減少。

これまでは国から年間約50億円の予算が出されていましたが、商業捕鯨となると市場原理の中でクジラ漁をして売れなければ意味はありません。

しかし、牛肉、豚肉の関税は年々下がっていくことは確定していて、他の魚も漁の方法が効率化が進んでいるなかで、旧来のクジラ漁をしたところでコストパフォーマンスが悪く採算が取れないのではないかと危惧されています。

事実、すでに商業捕鯨が再開されているにも関わらず、スーパーにクジラ肉が安くならんでいるのは見たことがありません。

クジラの量が増えていることが他の魚を減少させる要因だったとしても、クジラを誰も買わないのであれば、商業捕鯨が再開されても効果的な対策にはなり得ません。

そこで、政府はクジラを食べようキャンペーンを行っていますが、これが捕鯨反対派の人たちの癇に障るわけですね。

根本的な原因は、国際捕鯨団体が建設的な議論が出来ない反捕鯨宗教団体と化してしまったことにあるので、捕鯨問題に真剣に取り組む気があるクジラが排他的経済水域内に生息している国だけで作る捕鯨団体を新しく作らないことには、話は先に進まない気がします。

というわけで、捕鯨問題は世界の食料問題にもつながる重要なテーマなので、捕鯨賛成派も、捕鯨反対派も目くじらを立てずに冷静に議論できるようになって欲しいですね。

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ネットの声

捕鯨を批判する国の人にはこの引用ツイートをぜひ見てほしいですね。
哺乳類で賢い生き物だろうがそうでなかろうが一つの命を頂いていることに変わりは無いのですから。

牛や豚など家畜が殺されるところは見ることがない」素朴な感想に真理が宿っている。
考えなければいけないのは、捕鯨の是非ではなく、私たちが他者に生かされていることを忘れていること。地球はディズニーランドではない。その事実に目を背けていては、大自然と共生など永遠にできない

 

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