壮絶人生…母親への中絶強要も!サンプラザ中野くんの娘が語る!
サンプラザ中野くんの実娘である中野亜希さん(33歳仮名)が、自らの出生の秘密からそれ以降の壮絶人生について語っています。
自ら出生の秘密を語る…中絶強要から始まった!
サンプラザ中野くん(以下中野)の実娘である中野亜希さんが、自らの壮絶人生を語りました。
亜希さん自身の出生前からの話になります。
中野は早稲田大学在学中の1984年にバンド「爆風スランプ」を結成します。
スキンヘッドにサングラスのインパクトのあるキャラクターはその頃すでに確立していました。
人気を博し、88年には自ら作詞した『Runner』が大ヒットします。
そして、同年の紅白歌合戦にも出場を果たしたのです。
99年にバンド活動休止。
その後は健康法や投資に関する著作を出します。
肉はおろか卵や乳製品も摂らない菜食主義者としても一躍知られるようになったのです。
また、音楽活動も継続中で、今年のホノルルマラソンの公式ソングも担当しています。
そして私生活です。
『Runner』がヒット中の89年3月、中野はデビュー前から交際していた同い年のOLと入籍したことを発表します。
そのとき、すでに2歳の女児がいることも明らかにしたのです。
当時の中野は会見で次のように答えました。
「実は3年半前に、彼女から子供ができたと言われました。まだ学生だったし、給料も2万円と安かったので悩んだのですが、僕たちの愛の結晶なので産んでくださいとお願いしました」
このときの子供が中野亜希さんです。
「爆風スランプ」でおなじみのサンプラザ中野くんに家庭トラブルが浮上。これが思わぬところに飛び火している。中野のトラブルは「週刊文春」(文藝春秋)で報じられたものだ。記事は中野の娘の証言で構成されており… https://t.co/gwkb263WMW pic.twitter.com/nej8WoNHMY
— kawai akira (@paul_god_lucky) October 1, 2019
その亜希さんが語ります。
「母から聞いた話はまるで違います。妊娠がわかると、『自分は弱小プロにいる状態で責任は持てない。産んだところで育てられるのか? 俺は知らない』と母に言ったそうです。母がその後も産むつもりでいると、中絶の期限が迫ったときに、父は土下座して『堕ろしてください。お願いします』と言った。その頃、爆風スランプは初の武道館公演が控えていて、スキャンダルを嫌ったのです」
名前を「よい子」と名付けられて…
同棲していた部屋の合鍵を使って乗り込んできた中野のスタッフからも中絶を強要されています。
身の危険を感じた母親はシェルター施設に身を隠しました。
そして亜希さんを出産。
出生届に父の名を書いてもらうため、中野に書類を送ります。
すると、返ってきた子供の名前の欄に、ボールペンで「よい子」という文字が書きこまれていたのです。
亜希さんが語ります。
「爆風スランプのファーストアルバムの『よい』から取ったそうです。大人になって困るから、せめて『より子』にできないかと母が言うと、父は『大人になって困るというのなら、ウメやマツならいいのか!』とキレたのです。提出期限が迫っていたこともあり、私はそのまま、『よい子』と名付けられました」
生まれた子供の名前は中野よい子…。
その名前は中野による結婚発表のときにも公表されています。
その後の人生は…
中野亜希さんは語ります。
「小さい頃から自分の名前や、父の娘ということでからかわれ、辛い思いをしてきました。そして、高校生のときに、自分が中絶をされそうになった事実を知って、『死んだほうがいいのかな』と思い悩みました。
名前については周囲から何度もからかわれて苦痛しかなかった。今でも覚えているのは、大学受験のとき、机に置いた受験票を見た教員に『フン』と鼻で笑われたことです。大学生になり、今の名前に改名しました。」
亜希さんを出産、中野と母親は一緒に生活をしていません。
人生は自分の責任サンプラザ中野くん
サンプラザ中野くん実娘の告発も人生は自分の責任https://t.co/u16jATVV6n
— 世間話のまとめブログ (@xJT4pI46m32Rdpc) October 1, 2019
出産をきっかけに二人の確執は深まっていったのです。
入籍後も中野が母娘と暮らすことはありませんでした。
そして、亜希さんが小学2年生のときに両親は離婚しています。
慰謝料と財産分与はなく、中野は入籍したときから家庭に入れていた生活費40万円と家賃を負担する約束になっていたのですが、離婚3年目からその額は減っていき、ついには途絶えたということです。
母親は亜希さんが高校3年生のときに行動に移します。
お金のことをきちんとしてくれと中野に訴え、中野の知人の第三者を間に立てて協議を行ったのです。
その際、慰謝料請求額は、未払い分と合わせて大学卒業までの養育費を約1億円と計上したのですが、協議の結果、中野が1700万円を分割で支払うことが決まりました。
その代わりに中野が繰り返した主張が、『自分の財産は全て娘である私に残す』というものだったのです。
1700万円は支払われ、それと同時に中野との交流も再開したと亜希さんは語っています。
年に数度、食事やスポーツ観戦に誘われて会い、3、4年前からは亜希さんが体調を崩したことをきっかけに、中野は月に約3万円の援助をしていたのです。
その後、中野は同棲中の女性との入籍を亜希さんに告げます。
その女性には子供もいるというのです。
そのときの中野のコメントが以下の通りです。
「この2月、娘に再婚するよと報告をしました。そこで相続の話になりました。話し合いをして解決しなくてはと思っていた矢先にこのような形でお騒がせすることになりました。申し訳ありません。父親として力不足を痛感しています。娘とは、これまで以上に話し合っていけるよう努力し、これから先も様々にサポートしていくつもりです」
ネットの声
「結婚報道があった時、既に娘がいて名前が…と聞いて由来はすぐ解ったけどドン引きした元爆風スランプファンの私。その後も胡散臭い話題がアレコレ。家庭人には向かない人だったんだろな~」
「中々のゴミだな、サンプラザ中野くんは。」
「「お願いします。」が強要に?母は養育費1億円請求?1700万円支払い…この母子の感覚…豪遊希望なのかな?当初の月40万円の養育費が途絶えたサンプラザ中野も悪いけどね」
どっちもどっち…という感じもしなくはありませんが…
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