
130万枚の大ヒット「会いたい」の歌手・沢田知可子が、天国からお金で地獄を見た波瀾万丈の人生を大暴露!
印税収入は5,000万円
実は歌手デビュー前には浦和警察署交通課の交通安全協会で働いていたという沢田知可子。
その頃にバンドを組み、ライブハウスで歌っていたそうです。
そして、1987年に自らデモテープを持ち込んだことをキッカケに24歳で歌手デビュー。
3年後の1990年にシングル「会いたい」をリリース。
実はこの曲はシングルカットの予定はなくアルバム曲の1曲として作られたそう。
そして、「会いたい」のディレクターが会社とケンカまでしてシングルカットとなったのです。
「会いたい」は130万枚の大ヒットを記録。
今回のワニ騒動は
— 田中守 モット❤︎ウィステリアスタッフ (@kazukichi1016) March 24, 2020
沢田知可子が恋人の死を歌った「会いたい」が売れるや否やわずか一ヶ月後に「好奇心100%の知可子です」とかいう謎のキャッチフレーズとともに同日に撮った写真で出した次のシングル「LIVE on the TURF」を聞かされた感じ
に近い感覚と思えば良いですかね? pic.twitter.com/gM8KBSY2Vq
その印税ですが、沢田の作詞作曲による楽曲ではないため「歌唱印税」だけ。
歌唱印税は人によってランク(比率)が違っているそうです。
「私はデビュー3年目だったので一番低い印税でしたが、それでも5000万円入りました」ということでした。
「会いたい」の呪縛
現在も曲はカラオケ等で歌われています。
歌唱印税はレコード会社との契約が終わると入らなくなるので、事務所から独立した沢田知可子に入る現在の印税はゼロ。
「歌っていますと言われて『ありがとうございます』って言いながら、私には別に......(苦笑)」と苦笑していました。
「会いたい」は87週オリコンチャート入り。
翌年の有線放送大賞でグランプリを受賞し「紅白歌合戦」への出場も果たしたのですが、沢田は「会いたい」の呪縛に苦しめられたと語ります。
いくら新曲を出してもオファーが来る曲は「会いたい」ばかりなのですから。
その状況に
「本当に苦しかったですね。事務所のせいにしたり、レコード会社のせいにしたり、誰かのせいにした時もありました」
と「会いたい」を歌うことすら嫌になったこともあったというのです。
しかし、2000年に「21世紀に残したい泣ける名曲」としてサザンオールスターズの「TSUNAMI」を超えて「会いたい」が1位を獲得。
「その時に自分の中で初めて『会いたい』を超えるなんて考えは捨てよう」と呪縛から解放されたと語っていました。
苦難を超えて
大金を手にした結果、大変な目にあうことに…。
印税が入った頃、事務所に勧められるままに葛飾区四ツ木に6000万円のマンションを「相場も分からず買ってしまった」そうなのです。
そして、バブルが崩壊。
6000万円のマンションが2000万円になり4000万円も大損したのです。
1994年には、オファーしたコンサート会社が潰れてしまいギャラがすべて未払いになってしまった事も…。
お金で2度も地獄を見た沢田知可子。
1996年放送の酒井法子主演のドラマ「続・星の金貨」の主題歌「鏡のドレス」のカップリング曲「Star Talk」の作詞・作曲を担当。
「鏡のドレス」が大ヒットし、カップリング曲にも同じ印税が入ってきたのですが、その金額が1500万円だったそうで
「一番苦しいときに助けてくれたのが酒井法子さん」なんだそう。
そんな沢田は現在、中西圭三とともに全国でディナーショーを開催しているそうです。
ネットの反応
「訴訟沙汰があったけどどうなった?」
「確かにこれ聞くと泣ける」
「21世紀に残したい曲第一位ってのがすごい」
何かの折に聞きたくなる名曲です。






