死後3年経つ桜塚やっくんのブログが未だに更新!?怖過ぎる・・・

3年前に高速道路で交通事故を起こし、

死亡した桜塚やっくんのブログが未だに更新されていると話題になっている。

怖過ぎる・・・

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お笑い芸人の桜塚やっくんとは?!

少年時代は、本名の斎藤恭央でジャニーズJr.として活動。

大学在学時の19歳から21歳まで3年間、俳優・新藤栄作主宰の劇団無現で芝居の基礎を学び、

大学卒業後はスクールJCAに入所し、石井光三オフィス所属として、竹内幸輔とお笑いコンビ「あばれヌンチャク」を結成。

相方の竹内が声優への転向を決意したため、コンビを解散し、その後はピン芸人として「スケバン恐子」でブレイク果たす。

 

 

やっくんのすっぴん

ネタを披露するときはいつも女装姿だったやっくん。

 

化粧も常にしており、テレビですっぴんを目にする機会はほとんどなかっただろう。

 

しかし実は、ネットには数多くのすっぴん写真が出まわっている。

 

検索すれば簡単にみられることができるため、

 

本人も別段すっぴんを隠していたわけではないようだ。

 

 

上でも述べたようにジャニーズに所属していただけあってかなりの美形である。

 

この写真にはネットからも

 

・美形じゃん

・イケメン!

 

といった声が大量に届いていた。

 

そんな持ち前のイケメンを活かさず、

 

やっくんが選んだのは女装姿で「スケバン京子」というキャラクターを

 

演じてネタをする芸風だった。

 

 

 

桜塚やっくんのネタ「スケバン京子」

桜塚やっくんがテレビに登場したのは2005年のこと。

 

当時大人気だった番組、エンタの神様に出演したことをきっかけにブレイクを果たした。

 

初登場時、やっくんは「スケバン京子」というキャラクターに扮してネタを行った。

 

やっくんのネタは関東スケバン連合の初代総長をやっているという設定で、

 

お客さんがその手下たち。

 

そして、そこからやっくんが何かしらのレクチャーをお客さんに行っていくという

 

斬新なネタのスタイルが多くのお客さんを虜にした。

 

やっくんのネタでは、お客さんに

 

「私がわかりやすくボケをかますから、そしたら○○だよ!ってツッコんでちょうだい」

 

とツッコミの指示をしておく。

 

お客さんがツッコミを忘れたらそこに対してやっくんがツッコミを入れたり、

 

お客さんがうまくツッコミを入れてもさらにその上のギミックを仕掛けたりしていた。

 

(例えば、お客さんに英語かよ!っとツッコミを入れるように指示を出して置き、

お客さんがツッコミを入れた言葉が実は英語ではなくフランス語だったりした。)

 

そんなやっくんのネタは瞬く間に人気を博し、

 

ネタ披露の番組だけでなく、様々なジャンルのバラエティにも出演していくこととなる。

 

また、やっくんのネタ自体も徐々に変化していき、

 

後期ではお客さんにクイズを出して、わざと間違った答えを誘い、

 

それにツッコミを入れていた。

 

(例えば、日本語を英訳するネタで、やっくんが

「胸→bust、お尻→hip。じゃぁあそこはなんと言う?」

といったクイズを出し、お客さんを指名する。

そしてお客さんが無言になり、答えられなかったところに、

「あそこは「that」だろが~!何やらしいこと想像しちゃってんだよ!」

といったツッコミを入れてたりしていた。)

 

試行錯誤を繰り返し、様々な問いかけを繰り出していたやっくんであったが、

 

やはりいつかキレのある問題は少なくなり、

 

またお客さんの嗜好も変わり、

 

徐々にネタに飽きられていくこととなった。

 

とはいえ、もともとかなり前向きな思考の持ち主であったやっくんは

 

次なるステージでの活躍を目指し、歌手活動に力を入れていくこととなる。

 

 

桜塚やっくん、バンド活動を開始

2006年7月19日に、なんと自身が作詞してCDデビューを飾っている。

(作曲:Anchang〈SEX MACHINEGUNS〉)。

 

タイトルは「ゲキマジムカツク」という曲で、

 

当時の女子高生がよく使いそうな言葉を使用している。

 

作曲までは流石にできなかったようだが、これはすごい行動力である。

 

この曲がヒットとまではいかないまでもそこそこの売り上げを記録することとなった。

 

また、同年10月18日にはセカンドシングル「1000%SOざくね?」を発売。

 

こちらもそこそこ話題となり、時には街中で流れていたこともあった。

 

この曲で紅白出場との報道もされ、ファンから期待を集めていたが、

 

結局それは見送られることになり、応援ゲストとしての参加となったようだ。

 

そして2010年にはなんとバンドを自ら立ち上げることとなった。

 

バンド名は「美女♂men Z」。

 

メンバー全員が男で、かつ女装をするという奇抜なスタイルが話題に。

 

やっくんはこのバンドでボーカルを務めた。

 

そして、全国各地でコンサートをするまでになるのだが、

 

熊本でのコンサートに向かう途中、ある事件が起きてしまうこととなる。

やっくん交通事故死

2013年10月5日、やっくん主催のバンド「美女menZ」のライブをするため熊本に向かう最中、自らがハンドルを握ってワンボックスカーで仲間5人と下り線を走行中に中央分離帯に衝突する単独事故を起こした

そこでは無事だったが、マネージャーが表に出たところ、後続の車にはねられて死亡、それに驚いてやっくんが近づいたところ、別の後続車にはねられた

やっくんはその後病院へ搬送されたものの、同日には心臓破裂により死亡が確認された。

事故現場は、魔のカーブと呼ばれているS字カーブがあり、高速にしてはカーブが急すぎるため、事故が多発する場所だった。

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やっくんのマネージャーはなぜ外に出てしまったのか

事故を起こしてしまったとはいえ、そこではだれが大きなけがをすることもなかった。

 

ただの自損事故で済むはずだった・・・

 

しかし、バンドのマネージャーが外に出てしまい、後続車に轢かれたところから

 

大きな事故に発展してしまった。

 

なぜ、マネージャーは外に出てしまったのだろうか。

 

パニックになっていたのだろうか?

 

ニュースだけ聞くとパニックになって外に飛び出したところ、

 

後続車に轢かれたようにも聞こえたが、

 

実はマネージャーはパニックになっていたわけではなかったようだ。

 

マネージャーは事故当時も冷静そのもので、

 

「まいったなあ・・・」といいながら消防や警察に電話をかけようとしていた。

 

しかし、電波が悪かったのか、携帯電話を片手に電話を掛けながら外へ。

 

外へ出たところ、後続車に轢かれてしまったようだ。

 

それを見たメンバーが車の後方へ向かい、(事故を知らせるため?)

 

それをかばうようにさらにやっくんが後方へ向かったところ、

 

やっくんが別の自動車にはねられてしまった模様

 

自動車の運転手はこの事故で禁固刑を科せられてしまったようだ。

 

人を轢いてしまったとはいえ、

 

雨で視界が悪く、ブレーキも利きづらい状況で、更に高速道路に人がいることを

 

察知する必要があるのだから、なかなか際どいところである。

 

こちらも加害者というよりも被害者に見えるような立ち位置になってしまっている。

 

やっくんの事故後

上記で触れた事故多発地帯の魔のカーブはやっくんの事故後に事故対策が始まったようだ。

 

やっくんが事故を起こす前から対策をしてほしかったものだが、

 

ようやくこれで事故が減少するかもしれない。

 

それはそれでやっくんの働きといえるので、死してなお影響を与えるのは流石である。

 

 

やっくんが乗っていた事故車に霊が写る

やっくんの死亡が報じられると「やっくんが乗っていた事故車に霊が写っている」と言う人が多く、話題になりました。

後部座席に逆さまの顔。

画像をひっくり返すと

確かにハッキリと顔が写っている。

他にも顔に見えなくはないかな?程度だが、かなりの数の霊が写りこんでいると話題になった。

これは亡くなったマネージャーかやっくんなのか?それとも以前同じ魔のカーブで亡くなった人たちの霊なのか?

死後3年経った今もブログが更新されている!?

もちろん記事の投稿は、やっくんが亡くなった2013年10月以降は更新されていないが、恐ろしいことが起きていた。

このように死後3年経った今も毎日コメントが来ているのだ。

さらに内容も「天国で仕事してる」など意味深なものや「腫瘍が大きくなっていませんように」など重めな内容が多いよう。

ファンレターの返信街中でたまたま会ったファンへの対応などサービス精神が旺盛でとても良い人と有名なやっくん。

当時の熱狂的なファンが未だにやっくんが好きで毎日コメントしているのであろう。

ネットの反応

・あほどもの日記帳になっておる

・これ全員同じやつなんちゃう...?

・慣れあってて笑えるwww

・怖過ぎ...

・もう閉鎖したれよ

・心霊写真といい死んでからの方が有名になってる

など様々な声が上がっていました。

死後、心霊写真といいブログといい少し怖い内容で話題になるやっくん。

果たしてやっくんは、芸人だから亡くなってからも話題になる方が嬉しいのか?それとももうそっとしておいてほしいのか?

確かめる術はありませんが...

 

やっくんのバンドメンバーのその後

 

やっくんが亡くなった後も必死にバンド活動を続けてきたメンバーたち。

 

そこにはやっくんのバンドに対する熱い想いがあった。

 

やっくんはバンドを立ち上げた当初から

 

「このバンドで売れたい」

「武道館の観客席を全てお客さんで埋めたい」

 

という大きな目標を掲げていた。

 

そんなやっくんの想いがあったから、バンドメンバーたちはやっくんの死後も

 

時にはやっくんの追悼ライブを行ったりとバンドを軌道に乗せるために

 

様々な活動を行っていたようだ。

 

しかし、遂にはバンドで成功することなく、

 

解散をしてしまうこととなった。

 

まとめ

やっくんが天国へ旅立ち、テレビなどメディアで活躍を見ることが

 

できなくなってから早数年。

 

未だにコアなファンがおり、ブログの更新だけが続いている状況だが、

 

これもやっくんの前向きな人間性が作り上げたものの一つだろう。

 

やっくんが現状を見て何を想うのかは定かではないが、

 

今も天国でネタを披露したり、歌を歌ったりと

 

お客さんを楽しませていることだろう。

 

 

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